子どもには好きなことを見つけて没頭し、生まれ持った能力を最大限に伸ばしてほしいと願うものでしょう。では、どんな住環境が子どもを伸ばすのでしょうか? 脳科学研究の第一人者である瀧靖之先生に、子どもの集中力を育む住環境についてお伺いしました。
――子どもの集中力を高めるという観点から見て、乱雑な部屋よりも整理整頓された部屋の方がいいとよく聞きます。瀧先生のご見解はいかがでしょう?
集中力を高める上で、整理整頓されている状態であることは一つ大事な点だと思います。「集中して勉強するには?」と考えるとき、視覚的に気になるもの、たとえば、おもちゃや漫画、スマホやタブレットなどのITデバイス系をいかに排除するかが重要になってきます。
中学生や高校生が受験勉強するときに、ポモドーロ法(タイマーを使用して25分の作業と5分の休憩を交互に挟む方法)のようなテクニックを身につける上では、スマホやタブレットなどのITデバイスを触ると一気に集中が途切れてしまいますし、元の集中に戻るのにも時間が掛かってしまいます。
ただ、子どもの年齢によって一概には言えない面もあります。
そもそも0~6歳の未就学児であれば、集中力について考えるにはまだ早いと言えます。その時期の子どもに関して言えば、知的好奇心を伸ばすことの方が重要です。なので、漫画やおもちゃに熱中できることのほうがとても大事なんです。
――子どもの年齢によって伸ばすべき能力が変わってくるし、それによってふさわしい環境も変わるということですね。集中力の向上を意識する年齢のお子さんをお持ちの場合、自然光や環境音などはよい影響がありますか?
まず光からお話すると、透過光より反射光の方が目の疲れは少ないと思います。簡単に言うと、ITデバイスより本の方がいいということになります。
スマホなどのITデバイスの画面から発せられるのは透過光で、目が疲れる原因になります。ITデバイスの画面が発する透過光には青い波長の光が含まれていて、それが私たちの脳を昼だと認識させます。眠気を催すメラトニンの分泌を抑制するので、結果的に睡眠の質を下げてしまうのです。そういう点から、スマホやタブレットよりも紙の本が理想的だと思います。
ただ、現実問題として、大人が何か作業をしなければならないとき、子どもにスマホやタブレットに集中してもらっていた方がいい状況はあるはずなので、あくまで理想を言えば、と捉えていただけるといいかなと思います。
――音に関してはいかがでしょう?
音については、明確なエビデンスは限られているように思います。ただ、音楽を聞きながら勉強することは集中力の維持には必ずしもよくないと、さまざまな研究から明らかになっています。人間はそもそもマルチタスクができない、あるいは難しいと言われているんです。
なので、音楽を聞きながら勉強をするのはできればやめたほうがいいと一般的には言われていますが、これが幼い子どもにとってどうなのかと考えると正直わかりません。
わたしたちは案外ガヤガヤしている場所、たとえばカフェのような雑音のある場所で集中できるときもあるし、BGMについても美しい旋律のようなものではない環境音楽であればむしろ集中しやすい場合もあると言われています。
未就学児の集中力にまつわる研究がないのでむずかしいのですが、興味や関心を持たせるという観点で音楽をかけることは効果があるかもしれません。BGMとしてかけていたクラシックに子どもが興味を持って、将来楽器を演奏しようと考える可能性もあると思います。好奇心を伸ばすという意味では、音楽も効果的かもしれません。
――睡眠の質や量、食事などは子どもの集中力にとってどのように影響しますか?
睡眠は脳の成長において重要ですし、睡眠時間が短くなると体にとってストレスであると言われています。未就学児であれば9~12時間くらい、小学生なら8~10時間くらいは寝た方がいいと思います。小学生も高学年になると中学受験などもあって、睡眠時間の確保が難しいかもしれませんが、それでも8時間は寝た方がいいですね。
また、ITデバイスが発するブルーライトは睡眠の質を下げると言われています。逆に、しっかり寝るために効果的なのは、昼間にたっぷりと体を動かすこと。運動が睡眠の質を高めることはさまざまな研究で明らかにされています。
――運動に関しては、睡眠以外にも効果がありますか?
はい、あります。まず運動には、体を動かして走る、飛ぶ、投げるといった粗大運動(そだいうんどう)と呼ばれるものと、楽器を演奏するといった巧緻運動(こうちうんどう)と呼ばれるものがあります。
自分の体を把握して、日常生活で感じる無数の感覚を適切に整理して、周囲の状況に応じて適切な行動を取ることを感覚統合と言います。これは社会で生きる上でとても大事なものですが、粗大運動も巧緻運動もどちらも感覚統合にとって効果的です。
3歳から5歳くらいは運動野の発達も特に盛んですので、このころに楽器演奏をすると感覚統合にはいいですね。右手と左手で異なる動きをすることも、リズムを合わせることも、感覚統合にとっていい影響があると考えられます。
――実はわたしも子どものころ楽器を習っていたのですが、これがぜんぜん頑張れなくて……。集中できる子とできない子にはどんな違いがあるのでしょうか?
今回のテーマとはややズレてしまいますが、保護者や指導者の対応の仕方を含めて、いろんな要素が複雑に絡み合っていると思います。子どもが実は楽器以外のことに興味がある場合もありますよね。僕の場合はそれが野球だったので、ピアノの練習をサボって野球ばっかり行ってました。
――ああ、わたしもずっと走り回ってました(笑)。
これって結構むずかしいんですよね。音楽でも運動でも勉強でもアートでもなんでもよくて、何かに集中すること自体が大事なので。
――大人の側が勝手に決めた何かに集中させようとするより、子どもが集中していることに取り組ませた方がいいですか?
そうですね、おっしゃる通りだと思います。ただ最近さまざまな研究で、ピアノなどの楽器演奏が将来の学業成績につながると報告されています。感覚統合は脳の可塑性、変化する力を高めるにはおそらくとてもいいのだと思います。
あと、楽器演奏をすると音の聞き取りの分解能が高くなると言われており、英語のリスニングにもいい影響があるんです。さらに言えば、リスニングができるようになると、スピーキングにも効果的です。これこそまさしく感覚統合だと思います。わたしも30代のときに楽器演奏を再開して、英語のリスニングにも気合を入れて取り組んでいた時期があるのですが、相乗的に身につきましたね。
――楽器ができるようになる前の年齢の子どもに関してはいかがでしょう?
そのころのお子さんであれば、もう思うままあたりを走り回っていれば十分です!
――ここまでお話伺って、やはり子どもをITデバイスとどうかかわらせるか、その塩梅がむずかしいなと思いました。
むずかしいですよね。前頭前野と呼ばれる、我慢を司る脳の部位の発達は思春期くらいにピークが来るので、それより幼い子どもはなかなか我慢できないものなんです。つまり、スマホみたいな楽しいものをやめられない。それが当然なんです。大人だってやめられないですよね。
――たしかに……。
スマホやタブレットは行動依存です。それを企業側も理解していて、やめられなくなるような仕掛けを山ほど用意しているわけです。たとえば、ゲームなんかだと光や音がアトラクティブに出来ています。さらに言えば、終わりがない。昔のゲームは一面クリアしたら終わり、と区切りやすかったのですが、いまのゲームは延々と遊べてしまって区切りにくい。ネットニュースや動画も、次々と関連するものをレコメンドしてきますよね。そうやってユーザーがやめにくい仕掛けを作っていることは、いろんな研究で指摘されています。
そう考えると、スクリーンタイムを設定して管理するしかないんですよね。子どもにはかわいそうだけど、本来だったら寝る時間や運動する時間を奪いうるわけなので、やっぱりそうせざるを得ないと思います。
――守れるかどうかはひとまず置いておくとして、理想としては眠る何時間前にはITデバイスを見るのをやめるのがいいでしょう?
まだ明確なことはわかっていませんが、1時間くらい前からやめた方がいいと言われています。ただし、では2時間前にやめていたらメラトニンの分泌が抑制されず、眠りが浅くならないと言い切れるかというとそうでもないので、むずかしいですよね。ご家庭にもよりますが、目安として1時間と考えるのがいいのかなと思います。
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