KIDSKI STYLE

一生涯幸せに生きるために必要なものは?東大教授遠藤利彦先生に聞いた幼児期の愛着形成

作成者: KIDSKI STYLE編集部|2024/11/14

人が一生涯幸せに暮らすための鍵は幼児期にある? 東京大学大学院教授で発達心理学者の遠藤利彦先生に、幼児期の愛着形成のポイントについて伺いました。

アタッチメントとスキンシップはなぜ必要?

――今回は愛着形成にまつわるコミュニケーション環境について伺っていきます。はじめにアタッチメント(愛着)について教えていただけますか?

アタッチメントとは、子どもが恐怖や不安を感じて感情が崩れた時に、特定の大人にくっついて安心感を得ることを指します。アタッチメントは子どものチャレンジ精神を育み、成長するための土壌になるという意味で非常に重要なものです。子どもだけではなく大人にとっても日々の安心が心の健康につながっているので、生涯にわたって必要なものと言えます。

遠藤利彦先生 プロフィール
東京大学大学院教育学研究科教授、同附属発達保育実践制作学センター(Cedep)センター長、心理学博士。専門は発達心理学、感情心理学、進化心理学。

――アタッチメントを形成するためのコミュニケーション方法を教えていただきたいです。たとえばアイコンタクトはアタッチメント形成に重要なのかなと思ったのですが、いかがでしょう?

そうですね。アイコンタクトは、人間にとって非常に重要なコミュニケーションの手段だと考えることができます。そもそも人にとっての目には特別な意味合いがあり、他の生物の目と人の目は働きや機能が違うとよく言われています。他の動物にとっての目は、見るためだけの装置です。一方人間にとっては、見ることに加え、見られて心を読ませるための装置でもあります。もっと言えば、自分の目を積極的に相手に見せて自分の気持ちを相手に読み取らせるための装置だということができます。

そもそも人間の目は、構造的に他の動物の目と大きくちがっていて、黒目と白目のコントラストが非常にはっきりしています。黒目に対して白目の部分がかなり大きいので、黒目の動きがはっきりとわかりやすい。つまり、黒目の動きを通して、今その人は何に対して注意を向けているかを私たちは読み取ることができるわけです。よく「目は口ほどにものを言う」と言いますが、まさに目が人間にとって欠かせないコミュニケーションツールになっていることのあらわれです。

※写真はイメージ(gettyimages/Sasiistock)

目の動きに表情が付け加わると、コミュニケーションの威力がさらに増します。目は「今あの人は何に対して反応しているか」という情報を与えます。それに対して表情は「今あの人はどんな気持ちを持っているか」という情報を与えてくれるのです。つまり、視線と表情を組み合わせると、「今あの人は何に対してどんな気持ちを持っているか」を読み取ることができるわけです。

近くに誰かがいて何かを見てニコッとしている。あるいは難しい顔をしている。こういったことを通して人は安全なものや好ましいもの、または危険なものなどを理解していきます。こういう力は大体生後9ヶ月前後からすでに身についていると言われています。たとえばお母さんが自分の方を向いてニッコリしていたら「そこにいてくれてうれしいよ」という気持ちを読み取ることができるのです。

さらに心理学の世界では、子どもは自分と頻繁にアイコンタクトを取ってくれる人に対して、「この人は良い教え手である」と判断すると言われています。自分に頻繁にアイコンタクトを取る人が発信する情報を、子どもは効率よく自分の中に取り込もうとします。そのくらいアイコンタクトは大切なものだと考えていただけるといいかなと思います。

根源的な自信はどう育まれる?

――スキンシップの効果についても教えていただけますか?

これは正確にはアタッチメントとは異なります。アタッチメントは怖くて不安で感情が崩れたとき特定の人にくっついて安心感に浸ることですが、スキンシップはネガティブな感情が前提になっているものではありません。

スキンシップは単に肌と肌がくっついて心地がいい状態を指します。肌と肌が触れ合っている状態は、子どもにリラックス効果を与えます。子どもに限らず人間全般に言えますが、肌と肌の触れ合い、タッチングと言われるものをすると、副交感神経という部分が活性化されます。副交感神経が活性化していると、私たちはゆったりとやすらぎを感じます。つまりリラックスしている状態に浸れるということです。

スキンシップやタッチングは、オキシトシンというホルモンの分泌を促します。言い換えると愛情ホルモン、やさしさのホルモンと言われるものです。スキンシップを通して安らいだ気持ち、やさしくてあたたかい気持ちになり、双方の絆が深まっていく効果があると言えるでしょう。

※写真はイメージ(gettyimages/Sasiistock)

――肌に触れるとほっとするのはそういう仕組みなんですね。では、子どもに対する応答の早さについてはいかがでしょう? 子どもが何か言っているときは、すぐに反応した方がいいのかなと思ったのですが。

子どもが何か行動を起こしてきた時、迅速にタイミングよく反応するのが大切だとよく言われています。これを心理学用語で随伴性(ずいはんせい)と言います。適切な反応の積み重ねによって、子どもは自分が泣けば人はちゃんと助けてくれるという認識をするようになります。自分のシグナルが相手に届いている。自分が「助けて」と言えば、ちゃんと相手は応じてくれる。自分は不快な状態から抜けることができる。自分が解決に向けて行動すれば、世界はいい方向に変わる。根源的な自信がそこから生み出されるという意味で、応答のタイミングはとても重要です。

と同時に、どんなにタイミングがよくても、対応が悪いと意味がありません。子どもがぎゃーっと泣いた時に、親御さんがそれを嫌がってぶったり蹴ったりした場合、泣けばかえって自分が嫌われてしまうんだ、と認識してしまいます。

――そうですよね……ただ、忙しくてなかなか対応できないことも実際にはありますよね。そういう場合はどうしたらいいのでしょう?

子どもがまだかなり幼い段階では、ちゃんと近づいて触れたり抱き寄せたりすることが必要かもしれませんが、ある程度の年齢になれば離れたところからの声がけで十分な場合もあります。たとえば、台所でご飯の仕度をしていて忙しい。そういう時に子どもが何か声を発しているとしたら、離れたところから子どものほうを向いて笑顔を見せるだけでもいいかもしれません。たとえ離れていても、声や表情を通して自分の気持ちを伝えることができるわけです。

子どもの冒険は安心安全な環境からはじまる

――子育てをする中で、スキンシップや応答など、コミュニケーションのチャンスがたくさんあると思うのですが、特に意識すべき場面はありますか?

特にこの状況、というのはありませんが、たとえば食事の場面だと、同じものを食べて同じようにおいしいという気持ちを持って、それを表情としてお互いに交わすと関係がどんどん深まっていくと言われています。

※写真はイメージ(gettyimages/Sasiistock)

古来から人間という生物種は、縄文時代の原始的な竪穴式住居の中で家族が集まって、火を囲んで一緒にご飯を食べていたと言われています。ご飯を一緒に食べる中でみんなが美味しいという気持ちを共有して、どんどん絆が深まっていった。いわゆる共食が人と人との関係を深める際に重要な役割を果たしています。

――食事以外でも感情を共有することが重要ですか?

生後9ヶ月前後からは、一つのものを共通のトピックにして気持ちを通わせることができるようになります。共同注意と呼ばれるものです。たとえば、子どもが猫ちゃんに興味を持ってじっと見ている。それに気が付いたお母さんも、その猫ちゃんをじっと見つめる。子どもとお母さんと時々顔を見合わせながら、「猫ちゃんかわいいね」と一緒に喜びの表情を浮かべて気持ちを分かち合うという体験ですね。

子どもとお母さんと猫ちゃん、この三角形のコミュニケーションがとても重要です。三角形のコミュニケーションのよさはもう一つあって、たとえばお母さんが「猫ちゃん」という言葉を発すると、子どもは「今自分が見てるのは『猫ちゃん』なんだ」と学びます。このように言葉を効率的に獲得するのです。子どもはそういった何気ない場面でいろんなものを獲得するので、ごく当たり前の場面を大切にしていただければと思います。

――体験や感情を共有することで、学びを得ていくのですね。とても興味深いお話です。日々の場面で言うと、就寝時の子守歌なんかも一つのアタッチメントポイントなのかなと思いました。

子どもは基本的に暗い場所に一人で眠ることに寂しさやストレスを感じます。そういう状況で誰かが近くにいてくれて、その人といつも毎日同じことをすると安心が得られます。よく「就眠儀式」と言われますが、子守歌や絵本の読み聞かせなどお気に入りのルーティーンがあると子どもはちゃんと眠りにつくことができますね。

※写真はイメージ(gettyimages/Sasiistock)

――子どもを安心させることがつくづく重要ですね。そういった安心感は子どもの興味を引き出す環境にもつながりますか?

そうですね。アタッチメントは怖くて不安な時避難所に身を寄せて「もう大丈夫」という安心感に浸る効果があると同時に、感情面での燃料を体の中に詰め込むことだと考えることもできます。

体いっぱいに「元気」という燃料を詰め込んだ子どもは、親など特定の大人を基地と見なしてそこから飛び出していく。安全が確保された状態で思いっきり自分の好奇心に従っていろんなものを探索して、チャレンジをすることになります。

子ども自身が遊びに夢中になっていろんなものを探したり作ったりする中で、子どもの地頭が鍛えられます。子どもがあらゆる不安から解放されて遊びに夢中になれる環境がしっかり整っていることが、脳の機能を高めることにも自然につながります。

――では、もし環境の中にストレスがあるとしたら除外してあげたほうがいいと思いますか?

もちろんストレスフリーな環境の中で子どもはさまざまな実験に挑戦できると思います。そういう意味でストレスから解放された状態は重要ですが、 ただ一方で時にはストレスが役に立つこともあります。適度に難しいものは、子どもの挑戦心をかき立てる意味で重要と考えることもできるからです。

そういう意味ではストレスフリーな環境と、子どもにとって少し難しくて挑戦心を煽るような環境が両方存在していると、一層プラスに働くことも考えられるかもしれません。

――適度のストレスがチャレンジ精神に繋がるとして、親がわざと行動を促してもいいのでしょうか? それとも、あくまで子どもが興味を持ったものに対して環境を整えるほうがいいのでしょうか?

子ども自身が好奇心を向けたものに対して、親御さんも興味を寄せていくのが理想的なスタンスだと思います。それが子どものモチベーションを高めることにつながります。親御さんからすると「なんでこんなものに10分も夢中になっているんだろう」「こっちのおもちゃで遊んだ方が楽しいはずなのに」と子どもの注意を無理に別のものに移し替えてしまうこともあるのかもしれません。

ですが、それは働きかけ方としてはあまり好ましくないでしょう。ただの棒切れが子どもにとっていちばん楽しいおもちゃになりうるので、子ども自身がすごく好奇心を持って楽しそうに遊んでいるのであれば、それが最高のおもちゃなのだと考えていただけるといいかなと思います。

イヤイヤ期は自分探しの旅

――子どもとのコミュニケーションがむずかしくなる時期についてもお話いただけますか?

一つ明確にあるとすれば、2歳から4歳ぐらいの頃、イヤイヤ期や第一次反抗期とも呼ばれる時期ですね。「これどう?」と子どもに対して何かを促しても「イヤ」と答える。「じゃあこっちはどう?」と聞いてもやっぱり「イヤ」。イヤイヤばかりでお母さんやお父さんがお手上げになってしまう時期として知られています。

これは親御さんにとっては厄介な時期かもしれないですが、子どもにとっては自分探しの旅のようなものだと言えます。自分にとってイヤなものは認識できるのですが、自分にとっていいものや楽しいものがまだ見つかっていない。だから探して回ってるわけです。

これに付き合うのは大変ですが、いいものや楽しいものが見つかると子どもは一気に夢中になっていきます。そういった体験を通して子どもの心はしっかりと発達して鍛え上げられていくのです。夢中になれるものが見つかると、行動も落ち着いていくことが多いですね。

――今回のまとめとして、幼児期の愛着形成には長期的にどういった影響があるのかお伺いできますか?

アタッチメントの形成は人に対する根本的な信頼感に繋がっていくと言われています。「助けて」と言えば確実に助けてもらえる経験を通して、自分は人から愛してもらう価値があるという感覚を持つことができます。人間が最初に身につけておく心の土台とは、「人は信じていい」という感覚と同時に「自分には愛してもらう価値がある」という感覚なのです。

この二つの感覚は、人が一生涯幸せに生きていくために最も基盤になる力とも言えます。アタッチメント形成ができると、それに支えられて子どもはどんどんいろんなものにチャレンジできる。あらゆる不安から解放されていろんなものに夢中になれる体験をして、自分の可能性を広げ、子どもが頭を自ら鍛え上げていくことができるのです。そういった探索活動、あるいは一人でいられることにもアタッチメントは深くかかわっていく。これもまた人間にとって、際立って重要なものだと言うことができると思います。

(第2回に続く)

KIDSKI STYLEでは、今後も「暮らし」と「子育て」に関する情報を発信していきます。
日々の暮らしにお役立てください。