幼児期に形成した愛着は、子どもが大きくなって外の世界を知ってゆく中でどのように維持できるのでしょうか? 東京大学大学院教授で発達心理学者の遠藤利彦先生に、学齢期における保護者のかかわり方を伺いました。
――今回は幼少期に土台を作った愛着を学齢期に維持するためのポイントを伺いたいと思います。学齢期の子どもに対して、愛着形成の面から保護者はどんなことに注意すべきでしょうか?
子どもは大きくなればなるほど自立心や自律性が身につき、一人でいられる時間が長くなっていきます。そういったことを考慮せず、成長した子どもに対しても何かをしてあげることを親の役割だと考えてしまうことがよくあります。そういった意識が干渉にもつながりますが、これが実はアタッチメントの維持においてもっともマイナスに作用してしまう行動だと言われています。先回りや干渉が増えると、子どもにとっての避難所と基地の役割をうまく果たせなくなってしまうのです。
親御さんは子どもに何かあった際確実に戻れる避難所であると同時に、子どもが何か思い立った時確実に応援してくれる基地であるのが理想です。それがアタッチメントを維持していく上では、いちばん大切な親の役割だと考えられます。
東京大学大学院教育学研究科教授、同附属発達保育実践制作学センター(Cedep)センター長、心理学博士。専門は発達心理学、感情心理学、進化心理学。
――つい子どもを心配してしまうことが、かえってよくない結果につながってしまうのですね。子どもの自立という意味で、具体的には何歳頃から一人の時間が重要になっていきますか?
実は赤ちゃんの段階から一人でいる時間は重要ですが、年齢の上昇とともに一人でいられる時間が長くなっていきます。学齢期には友だちとの関係がより濃密になって、子ども同士で過ごす時間が増えていくでしょう。子どもが家族から離れて友だちと活動してる時、その関係を通して家では得られない大切なものをいっぱい見つけていると考えていただけるといいかなと思います。それを応援するスタンスで接することが大切でしょう。
――保護者が率先して行動するよりも、子どもを見守って応援することが大事なのですね。
そうですね。成長するに従って、子ども自身の世界を作るようになって、いろんな対象に集中する時間が徐々に増えていきます。そういった対象に対して、親御さんが「なんでそれがおもしろいのかよくわからない」「そんなものに夢中になって勉強ができなくなってしまう」などと気になってしまう場合もあるでしょうが、ここでも子どもの関心ごとに対して気持ちを寄り添わせていくことが重要です。もちろん悪いものであれば悪いと言っていい。ダメだったらダメと言う。それも子どもの関心ごとに対して親が注意や関心を注いでいることになると思います。
問題なのは親が主導的になって、「そんなのよりもこっちをやりなさい」と指示してしまうことです。子どもの関心ごとを全否定すると親子の信頼関係にヒビが入りかねませんし、もしかしたらいちばんマイナスのことだとも考えられます。
やはり大切なのは、子どもと対等にやり取りすることです。子どもの気持ちを尊重して、一人の人間同士としてやり取りする。仮に子どもが幼い段階であったとしても、人間同士の関係性という意味で基本的なスタンスと考えていただけるといいかなと思います。
子どもが自分自身で取り組む姿勢を大切にすることが大前提で、その上で子どもが何かのシグナルを発信してきた時にサポートをする。保護者の方から子どもに何かさせようとしすぎると、子どもがどんどん受け身になってモチベーションも低下してしまいます。しかしこれはありがちなことですね。子どもがやる気になった時、仮にいい結果に繋がらなくても応援する、サポートをする、褒めるのが大きなポイントになります。
――学齢期は勉強よりも自分の好きなことに没頭する子がたくさんいると思いますが、具体的にはどんなコミュニケーションを取るといいでしょう?
学齢期の子どもはすでにいろんな心の力を身につけています。やっていいことや悪いことと同時に、社会のルールも理解し始めています。なので、一定のルールや決まりを親子の間で子どもが納得するように作っていくことが非常に大切でしょう。
さらに言えばその対応がブレないことが重要です。ある時にはゆるくなって、ある時には厳しくなって、という対応をしていると子どもは不信感を抱きます。何をしたら怒るか、その基準が一定で、子どもが把握している状態が望ましいですね。
――保護者が自分の感情のままに子どもの関心ごとを否定するのはよくないということですが、やはり人間なのでイライラしてしまうこともあるかと思います。そういった時はどんなことに気を付けるのがいいでしょう?
親御さんも人間なので、時々不機嫌になったり怒ったり、あるいは悲しくなったりすることもありますよね。お子さんが健全に育つ家庭環境を考えた時によく大切だと言われるのは、オープンコミュニケーションです。プラスの感情だけではなくマイナスの感情も自然な形で交わされているような家族の関係性が、子どもの育ちには最もプラスに働くと思います。
いつもいい顔ばっかりしてるのは、実は人間としてすごく不自然な状況ですよね。そういった親を見ていると、子どもも自分の嫌な感情を表出することをどこかで禁じられているように感じます。それは子どもにとって居心地の悪い環境でしょう。
ネガティブな感情についてやり取りするときにおすすめしたいのが、エモーショントークです。これは気持ちが落ち着いた段階で「そういえば昨日〇〇ちゃんあんなに怒ったじゃない?」と、その時を振り返りながら感情を話題にして話すことです。たとえば「〇〇ちゃんあんなに怒ったから、お母さんすごく困っちゃった」というように、お母さんが困ったということも素直に吐露していくことです。
こういったやり取りは結果的に信頼関係に繋がっていきます。自分の感情は悪いものも含めてこの人から受け止めてもらえているという感覚に繋がると考えていいでしょう。
――できれば子どもが自ら勉強に取り組むのが理想ですが、そうならない場合保護者はやきもきしてしまいますよね。こういう時の心構えを教えていただけますか?
大切なのは、やはりある程度は待つことです。それは覚悟していただいた方がいいのかなという気はします。
子どもにとっての保護者というのは、大工さんであるべきなのか、あるいは庭師さんであるべきなのか、というたとえがあります。どう違うのかというと、まず大工さんは仕事に取り掛かる前に設計図を確認します。最初に完成形のイメージがはっきりしていて、それを作り上げるために規定の材料を規定の順番に従って組み立てていく。大工さんとしてはそれがよい仕事の仕方ですが、それと同じことを子どもに対してやってしまうと育ちの芽を摘んでしまいます。
それに対して庭師さんは、完成図のない世界を生きています。植物を育てる、花を咲かせるためには、その時々の状況に応じて対処するしかありません。水やりや日光が足りているかなと草花の様子を見ながら、その時々の状況に応じて必要なことをちょっとずつ積み重ねていくしかありません。花が咲くタイミングも予測できないので、思いもよらない時にきれいな花を咲かせるかもしれない。
つまり、庭師として子どもに関わると、時間はかかるかもしれないのですが、結果的に子どもさんのいろんな適性を伸ばす、あるいは才能を伸ばすことに繋がっていくわけです。
大工さんのように設計図通りに沿って「この年齢になるとこれをやらせないといけない」「これができたら次はこれ」といった進め方をすると、逆にお子さんの可能性を縮小させてしまうこともあるので注意してほしいなと思います。
――子どもが外にいる時間が長くなっていく中で、家族での時間をどう過ごすのがいいでしょうか?
前回もお話した通り、可能であれば食事時に一緒にいることは大切だと思います。何歳になってもみんなで同じものを食べて、同じようにおいしいという気持ちを共有する機会を持っていれば、家族関係は概して良好な形で維持されると言われています。毎日ではなくても、そういう時間を持つことが大事です。逆に言えば、一人ひとりがそれぞれ違った時間にそれぞれ違ったものを食べ始めると、家族関係がうまく成り立たずにバラバラになってしまう。そういうこともありがちですね。
――子どもが外で過ごす時間が長くなったとき、やはりネガティブな出来事も起こりえますよね。たとえばいじめ、あるいは学業不振などの困難な状況に陥った時、親はどう支援していくのがいいと思いますか?
まずは子ども視点に立つことだと思います。よく親御さんは、学校に行かないと勉強が遅れてしまうから、どうにか行かせようと躍起になります。ですが、無理やり学校に行かせようとすると、かえって子どもの気持ちがねじれてしまいます。場合によってはもっともっと引きこもってしまうことにもなりかねません。なので、まずはじっくりと様子を見守っていくスタンスが重要です。
と同時に、親御さんの中で問題を抱えこまず、できるだけ誰か信頼できる人に相談をすることが重要になってくると思います。学校の先生と相談していくことが重要ですし、場合によっては専門家と繋がることも大切かもしれません。適宜アドバイスを受けながら、子どもさんにとっていちばんいい方法を考えていくことが大切なことなのかなと思います。
――無理に学校に行かせようとせず、歯を食い縛りながら適切な対処をするのが大切ですね。今回のまとめとして、学齢期の愛着維持が思春期以降に及ぼす影響について伺えますか?
家族は何かあった時確実に戻れる避難所。あるいは何か思い立った時に応援してもらえる基地。家族が絶対的な避難所と基地であるからこそ、子どもは家族の外側に出ていって、友だちとの関係を深め、自分の興味関心のあるものに没頭していくことができます。そういう状態が最も望ましく、思春期にうまく接続していく時に重要な鍵にもなります。
逆に家族が避難所や基地の役割を果たしておらず、よりどころとして機能していない場合、子どもは外に出てしまいます。それは一見自立しているように見えることもあるのかもしれません。親から離れて一人でいられる状況は同じでも、家族をよりどころにできている子どもとそうではない子どもではまったく異なります。家族をよりどころにできない子どもは、感情的に遊離しているだけで、不安定になりがちです。この状態が思春期に繋がっていくと、非行などにも繋がりかねないと言えるでしょう。
(第3回に続く)
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