子どもには好きなことを見つけて没頭し、生まれ持った能力を最大限に伸ばしてほしいと願うものでしょう。では、どんな住環境が子どもを伸ばすのでしょうか?...
途中でやめなければ「失敗」なんてない!脳科学者瀧靖之先生に聞く子どもの創造性の育て方【脳科学者瀧靖之先生】
子どもの創造性を引き出し伸ばしていくために、保護者はどんな働きかけができるのでしょうか? 脳科学研究の第一人者である瀧靖之先生に、子どもの創造力を育むために重要な考え方をお伺いしました。
瀧靖之(たき・やすゆき)/1970年生まれ。医師。医学博士。東北大学大学院医学系研究科博士課程卒業 。東北大学加齢医学研究所臨床加齢医学研究分野教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター センター長。 脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達、加齢のメカニズムを明らかにする研究に従事。読影や解析をした脳MRIは、これまで16万人分にのぼる。一児の父。
自由に遊ばせても創造性は育まれない?
――今回は創造性に焦点を当ててお話を伺います。子どもの創造性を伸ばすには、自由な時間が重要だと思ったのですが、先生の見解はいかがでしょう?
本質的で難しいお話ですね。まずお伝えしたいのは、何かを創造する、新しいものを作り出す時に、無から有は生まれてこないということです。
一流の作家や画家、作曲家、あるいは研究者などに共通するのは、とにかくたくさんのものに触れていると言えます。たとえば作家であればものすごくたくさんの本を、画家であればたくさんの絵あるいは何かきれいなものを、研究者であればものすごい数の論文に触れています。作曲家だって、今までの名曲を何百曲、何千曲と聞いて理解していないと、あるいはその構造を理解しないと新しいものを作ることはなかなか出来ないと考えます。
※写真はイメージ(gettyimages/Sasiistock)
つまり、土台がないと新しいものはなかなか生まれない。これがまず本質だと思います。
だから、先ほどの質問にどう答えていいか私も少し悩ましいところがあります。「創造性を伸ばすためには自由が大事です」と言うのは簡単かもしれないですけど、実はすごく難しい。だから、まずはしっかりといろんな土台を作ってあげることが必要でしょう。
――これまでに作られたさまざまなものに触れることが、創造性を育む第一歩だと。
そうですね。私の感覚の中では、武道で言われてる「守破離」だと思っています。守る、壊す、そして離れる。たとえば芸術にしても勉強にしても遊びにしても、オーソドックスなものをしっかり知った上で、それを少しアレンジして、自分なりのものを作っていくという流れです。厳しい言い方になってしまいますが、基礎を知らない限りは、土台のない砂上の楼閣のようなものしか生まれない。個人的にはそう感じています。
たとえば勉強も自己流で行う人はなかなか伸びないと思います。僕自身も楽器やスポーツなどをいろいろやっていますが、すべてにおいて基礎が大事だと思っています。
――であれば、多様な経験を提供することが大事ですね。
はい。さまざまな分野における一流の方々にお会いする機会が多いのですが、皆さん俯瞰的に物事を見る力が高いなと思います。その力はいろんな経験が土台にあるから育まれたものでしょう。何をもって多様な経験と呼べるのかは難しいけれども、たとえば芸術に触れたり、外でたくさん遊んだりしていろんな経験を積むと、少し俯瞰的な見方が生まれると思います。
――ちなみに、瀧先生ご自身は幼少期にどのようなものに触れて来られたのですか?
私は子どもの頃、アートに多く触れていました。母が絵を描くのが好きで、しょっちゅう展覧会に連れて行ってくれたんです。そうしたら、だんだん美しさというものがわかるようになりました。
絵には景色や人などを描く具象画と、そうではない抽象画の2つがあります。最初子どもには抽象画なんておもしろくなくて、ただのいたずらにしか見えない。だけど見てるうちにだんだんその深みがわかってくるんですよね。
※写真はイメージ(gettyimages/Sasiistock)
ワシリー・カンディンスキーという画家の「コンポジション」というシリーズがあって、抽象画の中でも最高峰の美しい絵と私はいつも感じています。絵の色のバランス、線と円の置き方などを眺めていると、具象画にはない美しさが浮かび上がってきます。
そうやって世の中にあるいろんなことに対する美しさがわかると、たとえば昆虫の美しさも、車のデザインも、もっと言うと学問の美しさ、英語の論文の書き方の美しさにも気が付くようになります。美しいと感じるこの審美眼や美的センスこそが、人生において大事だなと思いますね。それには多様な経験がとても大事だと思います。
――大人は「子どもにこんなもの見せてもわからないだろう」とつい思ってしまうものですが、わからないからこそ小さい頃から触れていった方がいいということですね。
まさにそうなんです。美しいものに触れる機会は絶対に大事だと思います。自分の場合は音楽、絵、昆虫の羽根、あとは車。父が車好きだったから、よく車のディーラーに連れていってもらっていたんです。そうするうちに、車にはかっこいいデザインのものと、「誰が買うんだろう?」というデザインのものがあるんだなと幼心に感じていました。
美しさとワクワク感は似ています。もちろん人やファッションもそうですが、美しい何か、人やものであったり、数式であったり、いろんなものを見た時の感動は似ていたりします。そういった積み重ねが審美眼を作ると言えるでしょう。
めげずに続ければ「失敗」にならない
――創造性を育むためには、失敗をどう捉えたらいいでしょう?
これはよく言われていることですが、やめるから失敗になるんです。やめなければ失敗にならない。これはとても大事な考え方です。
私は周囲から見ると色々うまく行っているように思われがちなのですが、自分の中ではまったくそんなことはありません。とんでもない失敗や困難にいくらでもぶつかっています。でも好奇心が旺盛だから、それを失敗だと思わないんです。
授業がうまくいかない、研究がうまくいかない。そういう時でも自分は歩みを止めないようにしている。というよりもおもしろいから、別に失敗したとしても次の糧になるなと思って続けます。
だから保護者として伝えるべきことは、失敗してもそこでやめない、あきらめないこと。 「失敗は成功のもと」とみんな当たり前に言うけど、本質をついた言葉だと思います。自分自身も困難にぶつかったり、大変な思いをしたりしていますが、失敗と思ったことは人生でほとんどありません。
むしろ「なるほど、これをやるとうまくいかないんだ」って気づきと好奇心が生まれます。 これをしたから、失敗したんだ、と。現役時代に志望した大学に行けなかった時、その後自分の行きたい道に進んだ時にも「前の勉強法よりも今の勉強法が良いんだ」と気づきを得ました。
でも、子どもにはそれがわからないですよね。だから、世の中で何か失敗した時って「いや、これを糧にまた続ければいいんじゃない?」というぐらいの反応にしておくと、 人は失敗を失敗と思わなくなる。そもそも失敗という概念がなくなります。
――失敗をむしろ成果を得られる何かだと捉えると。
私はそう思います。本当に戻らないものは非常に少ないと思うんですよ。医者の観点から言うと、人の命は元に戻らない。それはもっと深く考えるべきですが、日々の生活での失敗を失敗と捉えず、歩みをとめないことの方がはるかに大事かなと思いますね。
この記事を読んでいらっしゃるご家庭では中学受験に挑戦される方も多いと思いますが、そういう時にも歩みは止めないことです。つまり、別に第一志望じゃなくたっていいわけです。大事なのは、その先の先なので。 受験も過程として捉えて、「この勉強がよくなかったから、次からはこうやればいい」と。逆にうまくいったら、「じゃ、この勉強は1つのベストかわからないけど、ベターな解だった」と考えて、さらにブラッシュアップすればいい。そうやって続けることですね。
自然での体験は創造性を伸ばす
――自然での体験は創造性にいい影響を与えそうに思うのですが、瀧先生はどうお考えでしょう?
はい、何かを極めたり好奇心を伸ばしたりする上で最高のものだと思います。
自然は人工的に作られたものではないので、 たとえばある種類の蝶を採りに行こうとしても、時期が違ったり、天気が違ったり、その時の気候が違ったり、その要素がひとつ違うだけでまったく出会えなくなります。自然には、時期や天気や場所など無限の組み合わせがありますよね。そこが創造性や好奇心にとってとてもいい影響を及ぼします。自然に触れて好奇心をどんどん伸ばしていくことは、先ほども話に挙げた多様な経験につながるんです。
※写真はイメージ(gettyimages/Sasiistock)
「一芸に秀でる者は多芸に通ず」と言いますが、何かにハマれる力がまずは大切です。自然体験だとしたら、動植物、昆虫、釣りなどにハマるとします。一度何かに熱中するとハマり方を学べるので、別のものにもハマりやすくなる。そうやっていろんなことに対する興味関心が湧くから、そこをまた結びつける、俯瞰的に結びつける、シェアができる。それこそまさにクリエイティビティですよね。
――何かにハマるきっかけが大切ですね。
はい、その時にまず親が楽しむことですよね。親が嫌がっていたら、絶対子どもも嫌がりますから。親が芸術好きだったら芸術がいいし、音楽好きなら音楽でいい。ただ、自然は五感に訴えるのでとてもいいですよね。いい天気も悪い天気も、いろんなことが五感に響くから、ハマりやすいとは思います。
ぼーっとした方が新しいものが思いつく?
――これまでのお話に加えて、もしかしたら適度に退屈な時間も創造性には必要なのかなと思ったのですが。ずっと勉強や仕事を続けるより、ふと席を立った時に何かを思いついたりするなって。
それはまったくその通りです! 私たちがクリエイティビティを発揮するのは、実はぼーっとしている時も多いと言われています。
もちろん先ほど話したように、頭の中にいろんな土台がないと新しいものはできません。だけど私たちには、ぼーっとしてる時があるじゃないですか。脳科学的にはデフォルトモードネットワークと言われるものが脳の中にあります。それが何をしているかというと、ボーっとしている時に、ある知識とある知識、ある経験とある経験を結びつけて、何か新しいものを作ろうという働きがあると。だから実は、ぼーっとしてる時間ってとても大事なんです。
たとえるなら、レム睡眠の時に見る夢に似ています。特に明け方に見るレム睡眠状態の時の夢って、へんてこりんですよね。小学生の頃の友だちと大学生の頃の友だちがなぜか仲良くしていて、お互い知らないはずなのに楽しそうに一緒にいるとか。
どうしてそんな夢を見るかというと、ある知識の断片、記憶の断片と、ある記憶の断片を結びつけてると言われています。だから、出てくる友だちは知っていても、時間軸的には整合性がない。それでも夢の中ではなぜか一緒にいる、みたいなことが起きます。デフォルトモードネットワークも、このぼーっとしてる時間にそういう働きをします。
これが新しいものを作り出すきっかけなんですよ。だから、四六時中一生懸命仕事したり、勉強したりしてるのが好ましいかというと、そうとは限らない。実はぼーっとしてる時間も大事なんです。
――一日の中でどのくらいぼーっとしたらいいですか?
特に時間は決まっていませんが、1分でも2分でもぼーっとするのがとてもいいと言われています。
そこから派生すると、私たちは日々判断を繰り返しているんです。朝何時に起きよう。どんな服を着よう。何時に来るどの電車のどの辺に乗ろう。やるべき仕事の何から手を付けよう。こんなふうに常に選択を続けていると、頭が疲れます。筋肉が疲れるみたいに脳疲労が起きると言われています。 その時に、少しメディテーションすると効果的です。瞑想まで行くかどうかは別にしても、ちょっとだけぼーっとするだけで脳疲労が取れると言われてます。
脳疲労の問題は何かというと、簡単に言うと、頭とか思考と心の余裕がなくなることです。具体的には、判断ミスを起こしやすい。さらには、ささいなことでイライラしてしまう。人に対する許容度が低下するのだそうです。だから、ぼーっとするのはとても大事です。
(第3回に続く)
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